世界自然遺産に登録されている北海道の知床半島を対象に、ヒグマの骨を使った安定同位体分析を行い、個体群全体及び性別・年齢別・場所別に食性を調べました。この研究では、特にサケの利用について注目しています。
分析の結果、知床半島のヒグマは平均で5%程度しかサケを利用していないことが分かりました。また、子育てをする年齢のメスと、幼獣ではサケの利用が相対的に低下することが分かりました。また、ほとんど開発されていない半島先端部のヒグマは、半島基部のヒグマに比べてサケを多く利用していることが分かりました。
知床のヒグマの研究から、北海道のヒグマはほとんどサケを利用していないことが示唆されました。なぜ北海道のヒグマはこのような食性なのでしょうか?その答えを探るため、北海道に生息するヒグマの歴史的な食性の変化を調べました。
安定同位体分析の長所として、コラーゲンが残っていれば、過去の遺跡等から出土した試料でも分析が可能という特徴があります。道内の埋蔵文化財センターなどにご協力いただき、縄文時代から現在までのヒグマの骨の炭素・窒素・イオウ安定同位体比を測定しました。
分析の結果、19世紀以前のヒグマは、現代に比べてシカやサケといった動物質を多く利用していたことがわかりました。また、ヒグマの食性の変化は、北海道で開発が本格化した明治時代以降に急速に生じたことが明らかになりました。
知床財団・野別貴博氏提供
カナダのブリティッシュコロンビア州にあるカーモード諸島では、一般的な黒い体色のアメリカクロクマに混じって、白い体色のクロクマが一定数生息しています。この「白いクロクマ」は、黒い個体よりもサケの捕食に有利だと考えられています。
北海道の北東に位置する国後・択捉島でも、白い体色のヒグマが一定数生息しています。本研究では白いヒグマが国後・択捉島にのみ生息する理由を調べる第一歩として、択捉島のヒグマの骨標本を対象とした炭素・窒素・イオウ安定同位体分析を行い、北海道のヒグマと食性を比較しました。
分析の結果、択捉島のヒグマは北海道東部地域のヒグマに比べて非常に多くのサケを利用していることが明らかになりました。
写真は、Sato et al. (2011)より引用
Sato Y, Nakamura H, Ishifune Y, Ohtaishi N. 2011. The white-colored brown bears of the Southern Kurils. Ursus 22: 84–90.
これまでの研究から、北海道のヒグマの食性がここ200年の間で大きく変化し、肉食傾向から草食傾向の個体が増加したことが分かりました。それでは、この食性の変化はヒグマの体にどのような影響を及ぼしたのでしょうか。
この疑問に答えるため、北海道が区分したヒグマの地域個体群ごとにヒグマの骨の炭素・窒素安定同位体比を測定し、それぞれ大腿骨長と比較しました。
分析の結果、オスでは地域個体群の平均的な大腿骨長が窒素安定同位体比と強く相関していることが分かりました。一方、メスでは弱い相関が見られました。
同位体比と大腿骨長の関係式から、現代のヒグマのオスでは、食性の変化に伴って体サイズが10-18%程度小型化したことが予測されました。
オスの地域個体群ごとの、大腿骨長(縦軸)と窒素同位体比値(横軸)の関係
かつて、北海道には、イヌ科の大型哺乳類であるエゾオオカミが生息していました。しかし、乱獲や餌不足などの要因が重なり、20世紀初頭までに絶滅しています。ほこの研究では、複数の博物館に所蔵されているエゾオオカミの骨格試料を対象に安定同位体を使った分析を行い、7個体のエゾオオカミの食性を復元しました。
分析の結果、7個体中5個体のエゾオオカミは専らエゾシカなどの陸上動物を食べていましたが、残りの2個体は、海産物を多く食べていたことが明らかになりました。
カナダ沿岸の一部地域では、サケなどの海産物を多く利用する「海辺のオオカミ」が知られていますが、北海道のエゾオオカミもこれに近い生態を持っていた可能性が示唆されました。
北海道大学植物園提供